心の中に女子大生を飼え

心の中に黒人、女子大生、ラッパー、プロブロガー、ポエマー、筋肉、オバマ等を飼育している人間によるブログ。

お盆には死んだフォロワーが帰ってくるらしい

 

お盆に実家の仏壇に写る爺さんの写真を見てた。

 

僕は思った。

 

 

 

 

「誰なんだこのジジイ。」

 

 

 

 

このじいさんは僕の祖父らしいが、僕の生まれる前に死んじゃったそうなので何もしらない。故にしらない爺さんの前で僕は手を合わせて、親戚と一緒に坊主のソロライブにつき合わされているのだ。

 

 

かつて僕の部屋だったこの仏間で、僕はエロサイトを見るときだけ、仏間にうつるじいちゃんの遺影に見られてる気がしたので伏せてエロサイトを見ていた。

 

 

僕にとっては荘厳に祭られてるこのジジイは、エロサイトを見るときに視線が気になるジジイでしかない。誰なんだこのジジイは。僕は何につき合わされているんだ。

 

 

南無阿弥陀仏、ナンマンダブ」

 

 

坊主のお経がサビに入った。仏間のお盆バイブスは静かに最高潮に達して

ばあちゃんと母親は故人に思いを忍ばせて少し目に涙を浮かべている。

 

僕は昔かつて引っかかった30万を請求してくるエロ広告に思いをはせていた。

 

今は消えたポップアップ広告、googleの検索履歴に表示された「おっぱい」を消す方法を必死にさがしたこと。

 

パブロフの犬みたいな感じで、死んだじいさんを見るとどうしても昔見たエロサイトが走馬灯のようにかけめぐる。

 

はたから見て誰も僕がエロサイトのことを考えていると思わないだろう。そういう意味では、僕の勝ちだ。そう思っていた。

 

 

 

死んじゃった人を思いやるには、思い出が必要である。

 

 

 

お盆には死んだご先祖が2ストロークのエンジンをかき鳴らしながら帰ってくるらしいんだけど、

 

実際ご先祖さまらしい知らないジジイが目の前に現れたところで、何を話せばいいのかわからないし、たぶん、向こう側もそうだろう。

 

だって今僕の目の前に将来の孫とか現れても実際こまる。

 

どうしよう。たぶん天気の話とかするかな。そっちじゃ今何が流行ってるんすか?特にない。あ、へぇー。

 

そういえば、最近はまってることとかあります?ないですか。へぇー。。いやそうですよね。お盆っつっても、もう僕は死んでるし。話すことないですよね。やっぱり空いた時間はうめられないですよね。これもお盆だけに覆水盆に帰らずっつって!!  チーン。沈黙を仏壇の鐘の音が切り裂く。お盆からこぼれた死に水がピチョリとたれる音がする。

 

 

 

 

話が逸れた。

 

 

 

僕は親しい身内の死を経験したことがない。

 

 

経験があるのは、ツイッターのフォロワーだけ。

 

 

でも別に、悲しいとか暗い話をしたいわけじゃなくて。

 

 

ただ、死んじゃった彼は面白かった。

 

 

5年ほど前にツイッター経由で知り合った彼と僕は新宿で待ち合わせをした。

 

よくツイッターアサヒスーパードライのロング缶とちんちんを比較した画像を載せていて、目の前に「はじめまして」と丁寧に挨拶してくれる彼と初対面なのに、彼のちんちんのサイズを知っているのが面白くて笑っていた。

 

 

きっとこれからも初対面でちんちんのサイズを知っている人と丁寧に挨拶しあう事はない。

 

 

鬱病統合失調症とか抱えてるにもかかわらず、会っている時の彼は元気で面白くて

 

よく、「気合いれれば鬱病は治る」と言っていた。幻聴、幻覚も気合いれれば何とかなるって。

 

 

イメージトレーニングのみで身に着けた緊縛が得意で、書道で賞を取るくらいに達筆で、インモラルで過激で、面白かった。

 

 

 

本人も言ってたように、彼はどちらかと言うと悪人だし、たぶん地獄に行ってる。

 

 

 ドラマやアニメでよくある「いい奴から死んでいく」というセリフを思い出す。

 

けど、

 

どちらかといえば、物語のおきない日常ではやっぱり悪人に近い奴から死んでいく。気がする。

 

 

10代から20歳に入る少し前の僕は随分とインターネットで、

 

深夜にskypeで同じようなインターネット達と、何を話すまでもなくずっと会話をしていた。

 

当時、ほとんど明け方に近いのに多くの人間は通話をやめることなく、ずっと繋いでいた。その理由が、やっと最近わかったのだけど、僕たちはきっとただ寂しかったんだと思う。

 

 

加速していくインターネットにはメンヘラや精神に問題のある人間が多かった。

 

スタンド使いスタンド使いが惹かれあうように、問題のある人間は問題のある人間たちで惹かれあったんだと思う。

 

 

 

そんな人たちの中でも、彼はやっぱり面白かった。

 

あまりメンヘラさんたちとはかかわらなかったけど、面白い彼が好きで東京に来ると彼と遊んだ。

 

彼は辛い、だなんて僕の前で言わなかった。全部が全部ストロングスタイルだった。

 

 

当時高校生だった僕が彼にサイゼリアを奢った時、彼は店の粉チーズをすべてかけて平らげた。カロリーの摂取。ストロングで合理的だった。

 

 

 

これが交通費無敵のカード!と僕に障害者手帳を見せてくれた。後にもきっと障害者手帳で笑ったのはあれが最後だと思う。

 

 

 

何故か別の人に、プリパラという女児向けのゲーム筐体をプレイしているのを2時間後ろで僕が見守る、という苦行を強いられているときに彼に電話をかけると彼はすぐさま助けにきてくれて、僕はそそくさと原宿のプリパラショップから高円寺の水タバコ屋に着地した。

 

 

彼は笑いながら、男性と性行為した経験を語ってくれた。僕は笑いのあまり、煙でむせてしまった。

 

少しアンダーグラウンドで、少し大人びてて、けれどもすごく人間らしかった時間だった。と今でも思う。

 

「あー、このまま時間が止まればいいのにな」って彼女みたいなことを思ったのを覚えている。

 

 

 

その後、生活が大変だからという話があって何回かお金を貸した。

 彼に貸したお金は、必ず少し色をつけて返ってきた。

 

 

端からこぼれる彼の生活は、すごく大変そうで、僕だったら、辛すぎるなという経験もいくつかあった。けれども彼は笑っていたし、僕も笑った。

 

僕にも、彼にもその場で出来ることはただ、笑うことだった。どんな辛さだって、笑ってしまえば緩和されるし、その間は不幸じゃない。

 

 

僕にも彼にも、笑うことしかできなかったし、それを望んでいた。気がする。

 

 

 

その後、人づてに彼が自殺した話を聞いた。

 

 

インターネットで出会った彼と、インターネット経由でずっとお別れになった。

 

 

 

「え?嘘だろ?」と思った。ラインに何度かけても返事がない。数日、数ヶ月、まってもずっと既読がつかなかった。今でも。

 

 

 

僕は少しだけ泣いた。ワンワン泣くでもなく、少しだけ泣いた。

 

 

一度だけ、少し重たそうに辛そうに「死にたい」という彼に何て言えばいいのかわからなかった。たぶん、僕だったら死んでしまっているくらいに辛い。そんな彼に、僕のわがままで、「生きてくれよ」って言っていいのかわからなかった。

 

 

だから、「お前が死んだら殺すからな」って、笑って言った。

その言葉は今じゃもちろん嘘になってしまったけど。

 

 

 

 

それから随分と時間が経って、僕はインターネットから離れた。健全になった。

たぶん、やっと「普通」になる事が、近づく事ができたんだと思う。

 

 

もう連絡を取る知り合いが精神病患者だらけ、なんて事もなくて

大学を留年して、パチンコに通う奴が当たり前で、大学を留年することが普通でもなくなって、ニートが殆どいなくなって、

 

 

やっと普通になれて、社会人をやっている。

 

 

社会の人たちは、本当にきちんと「社会」で、表面上だけであれなんであれ「まともな社会人」だった。

 

 

 

みんながみんな働きたくないと思ってる。

なのに、今日も当然の顔をして電車は走ってる。

 

そんな事が当たり前に起きている事に時々恐怖を覚える。

 

普通、と異常の線引きってなんだろう。と朝電車に乗るときによく考える。

 

ホームの内側の線、踏み切りの線、この線を一歩越えられるかどうか、

が、まともか異常か、の違い。なのかなーとか。

 

 

だとしたら、やっぱり社会の人々はまともで、本当に時々この隙間に吸い込まれそうになる自分は異常なんだろうか、とか、でも本当はみんなそう思ってるのかもしれない、とか、そんなことを思って

 

「人それぞれだよねー」ってことばでグラスをぶつけて乾杯をする。

 

 

 

たぶん、良い事だと思う。

暇じゃなくて仕事がある事が

忙しくて、ツイッターやブログを書く暇がない事や

やりたくもない資格の勉強をしていることが、いいことなんだと思う。

 

 

けど、

 

ときどき、恐ろしくなる。

 

当たり前に自己啓発をする人たちが

当たり前に、成長する人が

当たり前に、論理的で正しい言葉に救われる人が

当たり前に、仕事帰りの一杯で救われる人が

 

自分が、ときどきすごく怖くなる。

 

 

そんなときに、ふとフォロー欄を見ると、死んでるのに生きている彼のツイッターがある。

 

ほかにも、死んでしまった人がいて、そう思うと昔よりも

 

やっぱり僕は正しくなれたんだと思う。

 

 

 

 

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

 

 

坊主のライブがコーラスに入った。もうすぐライブも終わる。

 

 

 

お盆に、死んだフォロワーも帰ってくるのかなーなんて思った。

 

死んだ爺さんのことを考えずに、死んだインターネットの人間の事を考えるのだから

随分罰当たりだな。と思った。

 

 

死んだ人が僕たちにうじうじ言われたり、美化されるのは死んだ奴もたぶん嫌だろう。

僕だって僕が死んだら、2.3日は凹みすらしても、後はどうでもいいだろうな、と思う。「まーだコイツ悲しんでんのかよww」って笑うだろうな。

 

 

だから

 

ときどき、これからもホントたまーに

 

死んだ人の事をほんのちょっとだけ思い出そうと思う。

 

 

せめて死人が帰ってくる、お盆くらいは。

 

 

 

坊主の咳払いと共に、ライブは静かに終わった。

ライブの後、坊主に出されたおいしい和菓子の余りを食べている最中には

 

 

もうすっかりと、僕はいろんな事を忘れて

 

正常に戻っていたのだった。

 

ブル高ちゃんの書いたやつとか!仕事とか!したい!!

ぎょーむれんらく

 

ちゃす。

 

ちゃちゃーーーっす!

 

そういえば自分についての情報がまとまってないな~と思ったので。。

 

最近書いたやつと、ブル高ちゃんがどこのSNSにいるのかのご連絡です。

【SNS】

twitter あんまりつぶやきません。なんか、昔より面白いツイートが出てこなくなってしまったので、基本的に放置や更新告知として使ってます。

 

ここ。

ブログ。言うて殆ど書いてませんが。

noteよりも気合を入れて書いたりして「読んでくれ~!!」って時に書いてます。

 

note

一番フォロワーや読者数も少ないですが、一番更新頻度が多いかもしれない。本当に何も考えずに書いたテキトーな日記として使ってます。恥ずかしがりさんなので。

 

 

【書いたり手伝ったり】

 

外資就活さんでたまーに何の役にも立たない文章を書かせてもらえるようになったので、たまに見てあげてください。

あと、就活質問相談員として存在していますが、難しいことはなにもわからんーーーなので、「おばあちゃんがハッカーか見分ける方法」等役に立たない質問のみ相談に乗っております。

 

3年くらい前の記事。

メンヘラ.jpさんで初めてライタッターとして書いた奴です。めちゃめちゃ昔なので、ちょっとコンプラ的なとことか、文章が助長なのが恥ずかしいですが…一応

 

書いた奴じゃなくて、手伝ったやつ。

高野はさいきん鍵垢だし、ネットにいないのでたぶん死んだんだと思います。

 

anond.hatelabo.jp

 

エモい系長文

テイストが全く違いますが、はてな匿名ダイアリーでたまーーーに書いてます。

2000ブクマとか付いたやつもあったよ!!でも恥ずかしいから乗せるのはこれだけ!!

 

 

連絡とか僕の事とか

 

もしも書いてよ!!!ってメディアさんがあったら!!!ツイッターのDMで!!!連絡してくださ!!!!!い!!!!!開放してます!!!!!!!

 

僕について

ブル高

某大学の理系院生で、自分でも何をしている人なのかはわかりませんが基本的にオモシロ系でふざけ倒したり、ラップしたり、ゲーム作ったりラップしてます。コレっていうのは無いです。つまりアホです。

 

人より詳しいこと

建築系が専門なので「建築の○○について書いて!!!!」って言われたら詳しく書けるかもしれないですが、そこらへんの真面目な大学院生のほうが詳しいかもしれません。

 

じゃ!!!!!!!!!!!!!!ほな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!そういうことで!!!!!!!!!!!!

 

 

紀元ウホホッ前 ウゥーホ月 ウホ日

・ブル高の箇条書き日記 ブログ出張版 ウホホッウホ日目

 

・誰?ウホウホって?え? 誰かいる?え?てか、ここ、ドコ?あれ?

 

 

 

 

ウホッ

 

 

 

ドンドコドンゴコドンドン

 

 

 

 

 

 

 

ッホ~!! ポコポコポコ

 

 

・え?なに?ゴリラ…

 

じゃない、え?チンパンチンパン寄りのゴリラ?ゴリ寄りのチン?どっち?ちょっまっ近い近いってなになに!!!

 

 

ウホッ

 

 

 

 

 

・おい待ってや。待って。

 

・その右手に持ってるのなんや。それなんや。ウンコやろ。それ、絶対ウンコやん。投げるんちゃうよな、投げるんちゃうよな?

 

 

ボンボコボンボコ

 

 

 

 

ボンッ

 

 

ドンツッカッツ

 

 

 

ーズンズンッ

 

 

 

ドンッツカッッツー

 

・8ビートやん。ばりドラミングで8ビートするやん

 

いや、8ビートしなくてええから。

 

 

ドコドコドコ…

 

・ドラムロールでもあかんて。

 

ドコドコドコドコドドドド・・・

 

・ドラムロールやめーよ、

 

 

スタスタ・・・

 

 

 

・来るなよ。こっち、来るなよ。ってかゴリラ?え?でも…背面には尻尾?ゴリよりのチンパ?ありよりのなし?知性は?未獲得?獲得ずみ~???どっち?

 

ッス…

 

・まてや振りかぶってどないすんや、それ、右手のやつ、ほおるんちゃうやろな?ほおるんちゃうよな?

 

???「おい!!待て!!!」

 

・おーーー助かった~!助かったわ~!うんこ投げられ男になるとこやった~!!!危ないとこやったんよ

 

 

「危ないとこやったな。」

 

 

・「ニコラスケイジ・・・

 

 

 

wikipediaの部分。

 

 

 

なんで????なんでそこだけ???」

 

 

 

「ほな、行こか」

 

 

・え、どこ?待って。待って。俺のPCは?あかんて、ってか、どこ?ここ?形而上?形而下?ニコラス形而上?

 

 

 

ズルズル・・・

 

 

 

・ちょ!!俺のPC!!!ゴリ寄りのチンパンジーに!!!壊されるって!!うああsふぁふぁ!!!!

 

 

 

ズルズルズル…

 

 

 

 

ッホーホホホウホホホ!!!

 

 

ウホッ

 

ガシャガシャガシャシャ…

 

 

 

 

 

ウホホホッ????

 

 

ウホ?ホーーウッウッ

 

 

 

カタカタカタ…

 

 

 

 

ウホッ

 

ドコドコ…

 

カチカチッ

 

 

 

ウホ…ウホホ…

ウホ・・・・・・・・

 

 

 

 

カチカチカチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

ウーーーーホホホホホ!!!!!!!!!!!!!!

 

ウホホホホッ!!!!ウホホー!!

 

 

 

バンバカバンバカ!!!!

 

ドコドコドコッ!!!!

 

 

 

ウッホホホホ~!!ウホホホホ

 

 

 

 

ウホッ♥

 

 

 

ウホホホ♥♥

 

 

 

ドンドコドンドコ!!

 

 

 

 

 

 

カタカタカタ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウホッ!

 

 

バンッ

 

 

 

 

 

 

 スタスタスタ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近まいにちnoteで日記書いてますのでよろしくお願いします。

note.mu

 

twitter.com

私の就活の軸は、仏教です


「面接でちんちんを出して、説明会に母親を連れて行く。」




そんな妄想をしながら俺は就活中にネクタイをしめていた




面接中にふと思う。




「あ、チンチン出してみたい。いますぐ急にちんちんを出してみたい。」




「志望動機は何ですか?」で、




「コレが俺の答えや!」と叫びながら局部を露出。

役員の「ほぅ…」という声。



「採用」


と、妄想する。




「面接でチンチンを出す。」



面接で印象を残したいと思っても「ちんちんを出す」というのは当然やっちゃいけない。



奇抜なことをする、というのは案外簡単で誰でもできる。

しかし、「ルールやコンプライアンスを守りながら奇抜なことをする」ってのが正しいのである。




ボクシングで拳銃を使う。短距離走で全身を改造し、ジェットエンジンを搭載する。
しりとりで「ンジャメナ」を乱用する。
それと同じだ。守るべきルールは守らなければならない。



個性的であろうとする為にルールを破るのはただの思考停止だ。


そんな事は少し考えればわかること。


しかし、俺はずっと「面接中に急にチンチンを出したい」と思っていた。


なぜ彼はー就活の面接という重要な場で、思考停止としか言えないこのような考えにいたったのか。それを、解説し知見としてシェアしていく。




ーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーー


ーーーーーー


ーー




就職活動は「就活とはこういう物」論が大量に存在する。



聞いただけでもこれだけある。



新卒ならベンチャーにいけ、大企業でも幸せでなければ意味が無い、やりたいことをやれ、時代はyoutuberだから社会の歯車はバカ。

大きい裁量を望め、平均○社はエントリーしろ、遊んでたやつが面接に強い、いや、真面目じゃなきゃ意味が無い。学歴フィルターがあるから背伸びは無意味。B型は選考に不利。保育園卒はお昼寝ばっかしてたから不利、幼稚園卒が良い。帝王切開で生まれた奴は人の心が無いから自然分娩が有利etcetc。。。





なるほど、なるほど、、

じゃあとりあえず使えそうな事として面接で「O型で、出身は保育園でしたが、私はお昼寝の時間も本を読むなど精力的に勤めてきました。また、自然分娩の逆子でしたのでこの経験を基に自己のバイタリティには自信があります。」

これか?これでいいのか?いや、たぶんだめだろ。わからん…

どうすればいいんだ、俺は、、俺は何を信じるべきなんだ...




そりゃ、簡単には選べない。選んじゃいけない。お金ほしいとかもわからんけど、生きる為にお金は必要らしいし、でもたくさんお金貰ってもやりたい事じゃないと後悔しそうだし、つまりつまりつまりえーーーーーと!!!


ロジック。


キャリア。



さまざまな意見を取り入れた末に、俺が到達したのは



「うーーーーーん・・・」





「よくわからん」







「思考停止」である。



「悟った」とも言える。



悟り瞑の元祖、仏教の伝来者であるブッダ


通所ブッダこと本名「ゴーダマ・シッダールタ」



ブッダは考えた。考え続けた。宮殿を捨て、野原を駆け巡り、俺と同じように現世に苦悩し悟りにいたったのである。




そのブッダの結論はー「よくわからん」


だったそうである。そうして、俺も思った。
就活、よくわからん。

悟った。俺は悟ったたのである。


なぜこの考えにいたったのか。説明しよう。


就職活動について情報収集すれば既に内定を得た学生が内定先を自慢しあう。


「イチオー内定5社w」「larg70企業っすw」「商社w」


これは通称「マウンティング」と呼ばれている。






就活生が「A社内定」といえば、相手が「B社内定」と言い返すマウンティング。

マウンティングには基本的に限界がない。

年収1000万を誇った所で世界には年収2000万、果ては1億、10億、

通過発行権の有無まで到達する。

上には上がいる。この為、マウンティングは得てして定量化から抜け出し抽象化へと進み、より抽象化と構造の俯瞰が出来ている物が強者となる。


就活生が「A社内定」を誇ると

それを見た社会人が「俺も就活してたときはあんなんだったな~w」と



経験と立場によるマウンティング。
「物的な状況を喜んでいる事の浅はかさ」のマウンティングである。

なるほど。これには反論できない。



それを見たベテランが「就活生をバカにしちゃって。。結局幸せじゃなきゃ意味がないよ?」



今度は「摂取した幸福量よる」マウンティング


今度は状況や立場によるマウンティングから幸福という概念でのマウンティングだ。すごい。



それを見たクリエイターやベンチャー社員による「幸せなんて考えるだけ無駄で、夢中になればいいいのに。」

今度は「熱量」によるマウンティング


幸せ、という事について思考している事へのマウンティング。


幸せについて思考している状況がそもそも不幸であり、熱量が重要であるというアプローチだ。確かに真に幸福な時に人は幸福について思考しない。



その後、既婚者による「結婚してなきゃ意味ないのにね。人間って子供生まなきゃ一人前になれないよ?w」


今度は社会を前提にしていた議論から種というアプローチだ。戻った。時間が原始時代まで巻き戻された



「子孫を持つ」




今度は「種としての意味」を基調としたマウンティングである。
確かに。社会の構造について議論していたが幸福以前に俺たちは霊長類ヒト科の生物である。

自然界で幸福や熱量があるから、という理由で子孫を残さない種は存在しない。
熱量に関して議論した所でマイノリティー。




自然界で見れば圧倒的マイノリティである人類よりも犬、猫、蟻、果てアメーバまで含んだマジョリティからの視点へ持っていった。



コイツは俯瞰できている。全体構造が見えている。


さすがにこれ以上のマウンティングは不可能だろう。

なんといっても「世界」を前提にしているのである。もうこれ以上の構造は存在しない筈だ。


無理だ。もう無理である。


そうしてー、


それを見た哲学者は

「そもそもこの世界が存在しているとは限らない」と発した。










まさかの「存在の否定、前提の懐疑」である。








子孫の有無や年収や幸福など、世界が存在しているという確証がなければ、何の意味も持たない。

そしてーー俺達には世界が存在していると証明する方法がない。



コイツは「真理」を見ている


なんなんだこの過激かつハイレベルなバトルは。終わりがない。


うわ、もう就職活動とかどうでもいいから勝ちてぇ。

コイツらに勝ちてぇ。何故バトルをしているのかまったく意味がわからないが、バチバチじゃないか。俺も混ぜてくれ。

俺もよくわからないこの勝負に勝ちたい。とにかく勝ちたい。




俺はそう思った。しかし-「どうすればこの勝負に勝てるのか?」


勝負に勝つにはとにかく分析が必要である。



就職活動が解禁された3月、俺はこのマウンティングバトルを観察して一つの共通点を発見した。



「会社名→幸福量→熱量→子孫の有無→存在の否定」ときている。

つまり、この勝負においては「構造を俯瞰できているやつ程えらい」のである。



俺はあさった。就職活動という物質的な側面を持つ形而下の活動を思考により抽象化させ、形而上まで持ち込む。



抽象。破壊。構築。幸せとは。現実とはー、教えてくれ。
神様仏様ーこの答えの先には何があるんだ。


そう問いかけ、一縷の望みをかけ、wikipediaへと飛び「ゴーダマシッダールタ」こと、ブッダ
彼の人の考えを知る。

そこに記されていたのが、俯瞰による俯瞰を繰り返し、このマウンティングバトルに勝つ最強の方法。


仏陀「よくわからんし考えたってしゃーない。」
で、ある。


「これだ。」

俺は呟いた。「よくわからんから考えない」これこそが最強の俯瞰かつ構造である。

「考えない」という究極のマウンティング。

このスタンスに対して俯瞰しようにも、俯瞰の時点で「思考している」というロジックエラーに陥り対抗しようがない。



最強だ。マウンティングバトルでとんでもない武器を手に入れてしまった。


そういうワケで俺は就職活動マウンティング大戦における「思考停止」という最強のカードを手に入れたのである。




決まった。就職活動において重要と言われる「就職活動の軸」が決まった。これで完璧だ。


これで負けない。負ける筈が無い。




思考停止だ。就活で重要なのは、やりがいとか熱意じゃない。「思考停止と仏教。」これを軸に活動する。



企業のHPを探しまくり、適当にエントリーしまくる。


名前を知ってるから、友達が働いてるから、なんか有名だから、すごそうだから、広報の人がかわいいから、目にはいったから…etc

その後の怒涛の勢いは語るまでもないだろう。


ESに打ち込むキーボードの音は既に音速を超え、

説明会での「貴重なお話をありがとうございました」の連呼は光速を超え、


光速を超えたことによる相対性理論により俺を過去へと誘い、
説明が始まる前に既にお話を行う人事への「貴重なお話をありがとうございました」は終了している。

人事からキチガイを見るみたいな目で見られるが。
バカだ。遅い。こいつも理解していない。


そうしてさらに秒間1京を超える相槌は、
その速度の余りに素粒子の衝突によるミニブラックホールを精製し、重力をゆがめ、時間を戻し、事象の地平線に触れた人事を過去へと戻し、六道輪廻を体感させる。



数多の輪廻を体感した人事はー、そうして説明会や面接前の俺の「貴重なお話ありがとうございました。」の真意を知る。





「こいつはー、「キチガイ」」ではない。」


既に

「この人は悟って」いたのだー。と。




古来から、人は大いなる意思に触れたときに共通した所作を示す。





両の手を合わせ、矮小な自分を恥じ、その存在に対して「祈る」のだ。



面接の数日後、六道輪廻を何度も往復した人事から俺にはいつも同じメールが届く。

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ブル高様

株式会社××採用担当でございます。
先日は弊社の面接にお越しいただき誠にありがとうございました。
慎重に検討をいたしました結果、
このたびは採用を見送らせていただくこととなりました。
ご足労いただきながら大変恐縮ではございますが、
何卒ご了承くださいますようお願いいたします。
末筆ながら、ご応募いただきましたことにあらためて御礼を申し上げますとともに
○○様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。

                                                                                                • -


俺の活動により
人事たちはついに知ったのだ。



エリート就活生の「大いなる意思」に触れたとき
俗物にまみれた弊社の矮小さ。彼の人を弊社が採用するようなおこがましさーを。


そうして、人事は両の手を合わせて、祈る。
祈りを、申し上げるのだ。




就職活動第一シーズンが過ぎた俗世では既に多くの愚者が内定を手にし、活動を終えている。




俺たちエリート就活生は就職活動が終えていない。




いやー、この活動を終えさせてはいけないのだ。



かつてのブッダがそうであったように、


教えを説き、輪廻を回し、人事を改心させる。常世を放置してはならないのだ。


真のエリート就活生たちは今日も「お祈り」を受け取っている。


人事を、会社を、人を、いやー、世界を、救うために。


そうして今日もスーツを着て、ネクタイを締め、電車に揺られ面接へと向かう。





愚者が真理を知るまで、


俺たちの就職活動は、まだまだ、終わらない。

50円プロブロガーからの、僕と宮森さんの無駄な奇跡

 

おひさしぶりです。

ブル高です。

 

はてなブログの内輪向けのお話です)

 

覚えてらっしゃる方はいるでしょうか?

はてなブログでは昨年「50円プロブロガー問題」とかで一瞬お世話になりました。

 

その後、「みんな就職とかがんばってるのに、お前ネットで何やってんの?」という凄まじいパンチを友達から頂き、

 

 

あの頃はホンマにダサくてしょうもない事してしまったなぁ、、と本気で反省し

 

 

「もうちょっと現実をがんばろう」と思いインターネットストリートを降りて、現実のストリート、、、には上手く乗れませんでしたが四畳半の隅っこの中でストリートを作り上げ、ライターからライマーになっていました。

 

 

熊谷真士さんから正式に授与して頂いた「MC イルtheドープネスマイメンスクラッチセルアウトパンチラインソルジャー a.k.a オールドスクールFatherFucker」として、いくつかのMCバトルにちらちらと参加し、一回0からがんばろう、と思い活動をしていました。

 

この名前のおかげで、大会で異様な存在感を放ち、普通の予選登録者名の部分が5mmほどの高さなのですが、名前の長さで1.5cmほどの高さの異常なスペースとなり、地球の資源を無駄にしてしまった事はお詫びします。

 

(↓元ネタの記事より頂きました)

manato-kumagai.hatenablog.jp

 

 

おかげで、大した事ではありませんが「大学対抗MCバトル」の予選オーディションを

突破して本選に出場できることになりました。(本日情報解禁でした)

 

unirap.jp

 

「MC イルtheドープネスマイメンスクラッチセルアウトパンチラインソルジャー a.k.a オールドスクールFatherFucker」の名を日本一まで持っていくつもりだったのですが、長すぎるとの事であえなく「イルザドープネスFF」となりました。

 

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同時出場の同大学の「ヤリサー基準設立法党」に好きな子を寝取られた後輩と一緒に、憎しみを原動力にしてがんばりたいと思います。

 

 

はい。

 

本題はここからなのですが

 

ただ、一応ラッパーとしてバトルに出る以上、「あんまりペラペラ喋るのは言葉の重みが減るし、ネットでごちゃごちゃやるのはダサい」とは思うのですが、本当にどうしようもない奇跡がおきました。

 

 

出場の報告をツイッターでした後、ちょうど流れてきた物に目を疑いました。

 

 

 

「宮森さんがラッパーになってる…」

 

www.miyahaya.com

 

彼が「明日重大発表をする!」といっていたのは見ていたのですが。

 

僕が「MCバトルの大会出場をきっかけにほぼ一年ぶりに復帰した」事と、「彼がラッパーになる事を宣言した日」が、30分くらいしかずれてないんですよ。

 

なんなんだろう。

 

人生で一番無駄な因果律の発生を目撃しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すげぇ楽しそうだな…

 

 

 

 

 

 

アカシックレコードに本当に無駄な狂いが生じた事を感じました。言葉の重み、ってなんなんだろう。

 

 

 

 

 

更に言うと、一応はてなブログもやっている東京大学代表のゆうまさんが僕の名づけ親である熊谷さんの幼馴染だと判明。

なんだこの少年マンガみたいな無駄な奇跡の連続。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。

 

 

なんだかんだ言って、冗談抜きで僕は彼に憧れていたのかもしれない。

 

 

 

と、いうわけで大学対抗MCバトル「UNIRAP」は9/8日に新宿Renyにて開催予定です。

 

 

UNIRAP~大学対抗MC BATTLE日本一決定戦~のチケット情報・予約・購入・販売|ライヴポケット

 

また、チケットは本日より発売開始です。

インターネットを飛び降りて、現実のステージにやっと立つことができました。

 

全力を尽くせるようにしたいと思いますので、暇でしたらお越し下さい。

 

 

 

 

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また、写真がどうみても諸見里な事については運営さんの悪意だと思いましゅので、この場でご了承下しゃい。

 

 

 

 

 

 では。

 

 

 

 

 

大学対抗MCバトル

大学対抗MCバトル

大学対抗MCバトル

 

 

 

 

 

 

 

お前やるぞ俺はホンマにやるぞアホンダラおい見とけや

俺はやるぞアホンダラおい見とけや復活や復活するからなホンマにお前アホンダラ

すごいんやぞ すごいネタいっぱいあんねんぞ、お前コラや

 

高野お前テレビとかラジオ出てんちゃうぞ、お前ぜったいモテてるやんなんやねん

お前ホンマなんやねん、アカンやろ、それはアカンやろ、僕もモテたい、すげーちやほやほややされたいねん、すごいホンマ やばいくらいやばいマジですげーモテたい、

おさらばや、こんな日常とはもうおさらばなんや、

 

ほんまにやばいんやからな、そろそろやからなそろそろ復活するからなアホンダラお前ほんまに、指くわえとけよ こっからや ぼくがインターネットの最終兵器や ホンマに大器や、永遠の未完の大器や テポドンや キムジョンナムも逃げるで すごいんやぞ

こっから僕の時代やでホンマに見とけ楽しみにしといてやホンマに やるぞ やるぞ やっからな、ホンマにやるからな

僕がおしっこを漏らしても電車は走っている

 

 

おしっこをもらした。

 

 

秋晴れの昼下がり。子供達が笑顔で遊び主婦達は井戸端会議に華を咲かせている。

 

そんな秋の日常の中で、にこやかな顔をしながら下半身をぬらして闊歩している男がいるのならそれは僕だ。

 

おしっこをもらした。

 

排尿を理解するには、泌尿器系の全体像を確認しておく必要がある。泌尿器系は尿を生成する腎臓、少量を貯蔵する腎盤、輸送する尿管、大量に貯蔵する膀胱、排尿時にのみ用いられる尿道からなる。膀胱と尿道以外は左右に合計2組備わっている。

大脳皮質感覚野では伸展受容器からの信号を受け取り、脳幹に位置する排尿中枢と協力して排尿を制御している。排尿中枢が興奮することにより、不随意運動と随意運動が協調し排尿にいたる。

 

わけだが、それはどうでもよく、サクッとおしっこを漏らした。

 

22歳にもなって、おしっこを漏らすと思わなかった。

 

 

昼下がりに車を運転していると下腹部あたりにズドゴォン!っと突然の尿意が襲ってきた。

 

 

いや、すごい突然だ。びっくりした。本来「おしっこ漏れそう」というのは段階的な感じだ。

 

 

普段の尿意が尿意なら事前にメールを送り、「何日にお尋ねしてよろしいでしょうか?」とたずね、「ピンポーン。尿意でーす。いらっしゃいますかー?後でまた来ますんでー!準備お願いしまーす!」だ。

 

けれど、その尿意は突然僕の膀胱をぶっとい丸太でぶったたくような衝撃を与え、「おるかーー!!おるなら入るで~!!」とノックしてきた。すさまじい。突然の来客だった。

 

そんな突然の来賓に「お引取り願います」と何度心の中で唱えたのかわからない。

 帰ってくれ。頼むから帰ってくれ。

 

いや、っていうか。要するにめっちゃおしっこがしたい。マジやばい。出るねん。出るねんてこれ。ホンマに。もれそう。小鹿のように足をぷるぷるさせた。

 

脳のシナプスがバチバチと焼ける感覚がある。脳をフル回転させて、おしっこを我慢する方法を考えた。

 

そうだ。まず光速で膀胱を振動させればブラックホールを生み出し、重力と一緒に時間を飲み込み、過去に戻れる可能性がある。ジョンタイターのカーブラックホール理論だ。これで尿意を過去に戻せる可能性かある。

 

光速で膀胱を振動させるにはまずどうしたらいいだろう。

 

一日1万回感謝の膀胱振動を繰り返せば、いずれは音を置き去りにし、光速を超えられるかもしれない。なるほど、これには少なくともおしっこをもらすまでに間に合いそうにない。まずは手始めに感謝の正拳突きからんあああ!!漏れる!!!!

 

どれだけ心の中で尿意を否定してもお引取りは願えない。

 

尿意。凄まじい尿意だ。平和な日常に突然とスペクタルなバトルが幕を開けた。

ラブストーリは突然に。勿論尿意だって突然だ。日常にはいつだって危険が潜んでいる。ニョーイ、ドン。脳内に走馬灯が流れる。

 

 

最後におしっこを漏らしたのは確か小学6年生のときだ。

 

小学生特有の「学校でおしっこするのはダサい」という価値観のおかげで学校でトイレを使う事ができず、我慢に我慢を重ねていたが友達の「ちんちんぶらぶら体操」とかいう謎の踊りがツボに入ってしまい、凄まじく爆笑してしまい腹筋が緩みおしっこを漏らしにもらした。

笑いながらおしっこを振りまくその姿は「狂気」の一言に堅くなかった。

なるほど、あの頃なら許されたが今なら確実に刑務所行きだ。刑務所ならトイレはあるから大丈夫だろうか。

 

口からよだれをだらだらたらしながら思い出した。下半身からは「尿なのかわからない」何かがちょっと出た。出てない。わからない。もうなんでもいい。

 

 

やばい。本格的なやつだ。

必死に周りを見渡す。コンビニ、コンビニはないだろうか。いや、周りは田んぼばかりだ。立ちションならいけるかもしれない。

 

 

しかし、その突然の出会いに僕は「ワクワク」している自分を発見した。

 

突然のスパイス。いつだってサスペンスは突然だ。走馬灯が駆け巡るような経験はここ数年でしたことがなかった。これはー、試されている。そう感じた。

 

いつだってトイレに囲まれてきた。そこにいる便座はいつだって僕を暖かく迎えてくれた。失敗したって落ち込んだってそんなときに自分を暖かく迎えてくれたのはいつだって便座だけだった。

 

便座はない。コンビニもない。「立ちション」という選択肢はある。

 

このドラマとサスペンスに安易に「立ちション」という選択肢を選んでいいのだろうか?

 

たとえばここがコンクリートジャングルである、東京。はたまた銃弾が飛び交う戦地の激戦区だったとする。そんな時に「立ちション」という選択肢が選べるだろうか?選べない。銃弾で頭を貫かれるだろう。「立ちションが出来る」という環境に甘えてはいけない。

 

「本当の危機にこそ自分の人間性が試される。」

これは、試練だ。そう思った。

 

脳を高速回転させ、自宅までの距離を計算する。

 

およそ10km。時間にして20分ちょっと。鍵を開け、家に入り靴を脱ぎ、居間に腰かけ、今日一日のタスクを振り返り、メッカの方向に祈りをささげ、丁寧に熱いチャイを入れて暖炉にもう一度ゆったりと腰かけ、読みかけの本のしおりをやさしく撫で、もう一度メッカに礼拝をささげる。これで所要時間はおよそ50分。

 

大丈夫だ。間に合いそうだ。失禁までは見積もって突然の尿意でも、冷静に計算すればなんとかなる。漏れるまであと、10分ちょっとと言ったところだ。

あ、間に合わない。無理だ。

 

しかし不可能を不可能と思わない。肉体の限界は精神で超えられる。突然のサスペンスに興奮していた。「死んでももらさない」この試練を超えたときにきっと得るものがある。そう確信していた。

 

サスペンスは突然だ。そして、その終わりも突然だ。

 

車を運転しながら聞いていた。オードリーのオールナイト日本から飛び出た「オフサイドの意味を知らないヤリマン」という言葉がオフサイドした。ツボに入って笑って腹筋が緩んだ。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

ダムにこぶし大の穴が開くと、そこから徐々に水が漏れ、一気に決壊するらしい。

 

 

 

目の前は赤信号だった。隣には軽トラにのったおじさんがボケっとしていた。

 

「僕は今おしっこを漏らしている最中なんだが、この人はなぜボケっとしていられるのか」

 

そう思った。おじいさんは普通に目の前を見ている。他人に関心がない。なんて非情なんだろう。高齢化社会の弊害だろうか。

 

止まらない。一度穴が開いたダムは水を全て吐き出すまで止まらない。

 

 

おじいさんは隣の男がおしっこを漏らしてるときっとこの生涯で気づかないだろう。そういう点では、僕の勝ちだ。

 

そんな「おしっこを漏らす」という無常なときの流れに身を流せながら、口からは一言が漏れ出した。

 

「うん。なるほどね…。」

 

何がなるほどなんだろうか。しかし、変に納得している自分がいた。

 

「ほほぅ、おしっこをもらすってこういう事か、なるほどね~やるじゃんか」と。

 

もらしながらも妙に冷静だった。「僕に漏らさせるなんて、なかなかやるじゃん」とまるで後輩に対する変に気取った先輩のような、謎の感覚を覚えた。

 お前は漏らさせたつもりかもしれないけど、僕からしたら「あえて」みたいなところあるからな?そういう防衛反応かもしれない。なるほど。やるじゃん。こいつ。

 

 

ツイッターを開いて、とりあえず一言だけ残した

 

 

 

「おしっこもらしたなう。」

 

 

この歴史的瞬間を、人類全体に共有せずにはいられない。彼らは「おしっこをもらす」という事を知らない。無知だ。おそらく現在同様にもらしている奴はいないだろう。すなわち僕は「おしっこを漏らすという事」に対して圧倒的に知見がある。その事実を知らしめなければならない。世界に。そしてアカシックレコードに刻むのだ。

 

タイムラインは言葉で埋め尽くされている。

 

「今の彼氏はセックスが一番上手いから、いらいらしたり喧嘩しないけど、彼氏との関係におけるセックスの重要性って本当にあなどれない。」

 

なるほど。

 

なるほどね、いいじゃん。男女の愛称にはセックスが大事。けど、「おしっこを漏らす」という事についてこいつは何も知らない。そのセックスをしながらでも人はおしっこを漏らす可能性は否定しきれない。そこに、関係性は存在しない。愛を囁きながらおしっこをもらす。仲直りしながらおしっこを漏らす。そのことを検討の対象にいれるべきだ。この人は自分が圧倒的に無知であることを自覚していない。つまり僕の勝ちだ。

 

「一億円副業で稼いだのが会社にバレてクビになった」

 

なるほどね。一億円を副業で稼ぎ出す。実にいい。しかし、たとえ一億円稼いだところで、その一億円を口座にいれようとおしっこは漏らす。フェラーリに乗りながら、六本木のオシャンなBARで愛を囁きながらおしっこをもらす。油田の中でおしっこを漏らす。そんな重要なこともこいつはわかっていない。人はいくらお金があっても尿意から逃れられない。つまり、僕の勝ちだ。

 

何もわかってない。人々は、リスクヘッジができていない。

 

あらゆる名言には「おしっこをもらす可能性がある事を示唆するべきだ」

 

われ思う、故にわれあり。尿意アリ。故に我アリ。 

語りえる事には沈黙せざるを得ないがおしっこは漏らす。

海賊王に俺はなる!かもしれないがおしっこは漏らす。

 

抜けている。あらゆる可能性が抜けている。

いつ、どこで、何があろうと尿意は僕たちの日常に影を潜めている。

 

その恐ろしさにー、人々は見てみぬふりをしている。

 

 

赤信号が青になる。車は走っていく。アクセルを踏んだ。

電車が走っている。ふと、疑問に思う。

 

 

「なぜ、僕がおしっこをもらしているのに世界はいつもどおりなのか?」

 

僕がおしっこを漏らしても、世界は普通に回っている。

電車は走るし、彼氏のことに女性は悩んでいる。こんなに下半身をびしょぬれにしても、止まらない。世界は止まらないのだ。

 

僕がおしっこを漏らしても世界はそのまま進むという圧倒的事実を、学んだ。

 

色んな人がいる。アイドルだっておしっこを漏らすし、ジョンレノンだって、ジャッキーチェンだって、オバマだってもらす。世界の偉人に限りなく尿意は平等だ。

おろかな民衆はそれに気づかない。「自分がおしっこの支配下」にある。という圧倒的な事実に対して、逃げている。

 

おしっこを漏らしても、電車は走り、ジョニーデップさえ、この「おしっこを漏らす」

というサスペンスからは逃げられない。

 

そんな圧倒的な事実を、このことから学ぶことができた。このことを、みんなにしってほしい。僕たちは、無力なのだ。政治よりも社会よりも、そのことを知るべきじゃないだろうか。

 

どうか、この経験が読んだ人の糧になりますように。そう思い。ここで〆たいと思う。僕たちは、支配されている。そのことを、忘れてはならない。そんな戒めをこの場に残しておきたい。

 

 

 

さて、書き終わったことだし濡れたパンツを変えるか。

 

おしっこを漏らしていても、電車は走るし地球は回る。そしてもちろん文章も書くことができる。

尿意に対して世界は、かくも非情である。

 

 

 

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